2016年11月11日金曜日

自分語り:一人暮らし(糞つまらん)

皆さんはコンビニの夜勤で何とか月8万円を稼ぎ、家賃3万のアパートで細々と生活したことはあるだろうか。
いやはや高学歴上級国民揃いの当ブログの読者様方にはその様な経験、あるはずがない。
俺はある。

それは高校卒業寸前の3月、ものの見事にすべての大学から不合格通知を喰らった時のことである。
父から「お前は家にいても絶対に勉強しない。それなら一人暮らしをしろ。大学に受かったらウチに帰ってこい。受からなければそのまま一人でフリーターとして暮らせ」という、実家からの戦力外通告を叩きつけられた。
その後は僕の意思とは関わらずとんとん拍子に引っ越しの準備は進み、5月には堺での一人暮らしが始まっていた。
また父からその際「3か月は仕送りを送る。そこから先は自分でどうにかしろ」と割とスパルタな仕打ちを受けた。
そこから僕のえげつない貧乏生活が始まったのだ。
結果から言うと父の企みは失敗に終わった。
僕がこの生活が続くという危機感から勉強することを期待したらしいが、当時の僕は「あれ?この生活意外と楽しくね?割と俺、貧乏暮らし上手くね?」と危機感は皆無であった。
それどころか貧乏暮らしに適応し、それなりに貧乏を楽しんでいた。

貧乏ながらもそれなりに生活していた。
昼はコンビニの弁当かパン、夜は自炊が基本であった。
近所のスーパーの割引シールを貼る時間も大体把握していた。
時にはサラダを作ったりひじきを煮たり。
母から叩き込まれた栄養学をフルに活かして割と健康的に暮らしていた。
たまの贅沢は王将で餃子買ったり、名店「たこダビットソン」でしこたまたこ焼き買ったり。
(ここの店長には非常に良くして頂いた。浪人時代の恩人の一人である。堺に行った際には是非お立ち寄りください。)おら、宣伝しといたぞ
マジでここのたこ焼きは最高だ。ノォナボーイに食わそう。


またこの一年の経験は僕の人格形成に大きな影響を与えた。
とにかく孤独に強くなった。
何の土地勘もない土地での一人暮らし。
大学に受かった高校の友人とは連絡を取る気にならない。
親親戚にも連絡する気も起きない。
孤独に強くなるしかない状況ではあった。




しかししかししかしコンビニ夜勤は地獄だった。
少なくとも僕の労働環境は最悪であった。
駅の近くの住宅街にある某いい気分な店である。
暇なはずがない。
ましてや治安もあまり良くない大阪の南部地方である。
そりゃもうクレイジーなお客様も多数来店される。
コンビニの夜勤なんて楽なバイトの代名詞じゃねえか、という当時の甘ったれた考えは入店2週間で早々に打ち砕かれたのだ。
まあとにかく忙しかった。
しかし生活もあり、新しいバイト先を探す気力もなく。
22-翌6時まで働き帰宅後16時まで睡眠、その後また22時から勤務。
このサイクルを三日続けたこともあった。

しかし僕の勤務する店の先輩はここ8年週五日夜勤で働き、家族三人を養うおじさんもいた。
公団に入り、夫婦共働き。娘も大学に入れた。
ファミリーワゴンを乗り回し、たまに家族で旅行にも出かけるという。
何と言うか僕に人生の目標を大幅に下方修正させた元凶とも言って良い事案である。

特にもう書くことがないのでここで終わります。
自分語りをしても許されるのがブログの良いところ。
TLでやると鬱陶しいだけだぞ。
なんで俺はこう真面目なこと書いてしまったみたいな罪悪感を感じなあかんのや?
やっぱいつもみたいに「うんこちんちん!カウパー飲み放題!」みたいなこと書いときゃ良かったと大後悔中です。
またpakilaに面白くなかったとか言われる。
ってかリンク貼ってたのてめえか。
でもまあええことも書いてくれてたのでデコピンくらいで許す


PS:誰か諏訪子迎えてくれ。諏訪子出てる同人で良いのあったら教えてくれ。100円外務省以外な
あれは最高だ。特に番外編が最高だ

ってかあいつネカマやってたの。クレイジーだ
面被るマンのサラブレッドじゃねえか